第一話の冒頭、テーマソングが始まる寸前に、主人公のつぼみがおばあちゃんと再会するシーンがあります。
このシーンには、特別な物扱いの演出がありません。再会する二人がスローモーションやストップモーションになったり、背景がいきなりお花畑や一面の光に変わったりとかの、ここは特別ですから意識してみて下さいと言うサインがないんです。あくまで、日常のヒトコマ扱い。つい見過ごしがちなヒトコマを、さりげなく描いています。
そのせいなのか、それとも私が鈍いのか、最初に見た時はなんだかすごく幸せそうだな、とだけ感じました。そう感じる理由に気がついたのは、もう一度見直した時です。
再会の時、笑って手を振り挨拶ならば幸福平凡級。まっすぐに抱きつくなら幸福上級なんですが、ここはそれ以上。すぐには抱きつかず、おばあちゃんの周りを一回りしている。それが、
「おばあちゃんだ!」
「本当におばあちゃんだ!!」
「本当に私の大好きなおばちゃんだ!!!」
で、ぎゅっと抱きつく感じなんです。いや、そういうセリフは無いんですけれど、私にはそう見える。で、抱きついた後、頬ずりして満面の笑み。これはもう、幸福特上の上でしょう。
別の作品で、やはり再会の喜びを爆発させるシーンに感心したことがあります。うろ覚えですが、
「俺たちは女同士のように抱きあい、女ではない証明にお互いの背中をバンバンと叩きあった」
というような描写でした。チャンドラーだったでしょうか。作者もタイトルも思い出せませんが、ああ、こいつら本当に親友同士なんだな、と嬉しくなったことを覚えています。手をつないだり、抱き合ったりが恥ずかしい男同士、大人同士の世間体的限界ぎりぎりの表現だから、かえって切ないほど共感できます。
けれど、つぼみとおばあちゃんの再会は、じゃれあう子猫のように、何の遠慮もなく幸せです。英雄好き五十郎である私が、とかく忘れがちになり、そのたびに『赤毛のアン』を読み返して思い出すような幸福感なのです。
『ハートキャッチプリキュア!』には、そんな幸福な場面が随所にあります。けれどこれは、平凡な日常だけの物語ではありません。戦いの物語でもあります。いつでも物事の良い面を見つけ出し、そこで満足できるパレアナ症候群的幸福とも、ちょっと違うのです。
良い面を見つけても、悪い面がなくなるわけではありません。良い面を見つけて喜ぶのは幸せですが、そこで悪い面を無視するのは変です。悪い面には全力で怒り、悲しい時には素直に涙し、ダメな時には本気でめげる。その代わり、一瞬の幸福にも全身全霊で没入できる。それが、『ハートキャッチ』の人たちです。
ですから、その表情は、いつでもにこにこ幸せそうというわけにはいきません。泣き、笑い、怒り、拗ね、驚き、憧れ、落胆し……いろんな表情がくるくると入れ替わってゆきます。顔の表情だけではありません。全身で感情を表現しています。
その最初の例が、抱きつく前に相手の周りを一巡りという、冒頭のシーンなのです。続きを読む

